2008年07月02日

多摩川。

煮詰まって煮詰まって、夜明けの多摩川。
お花見で訪れて以来である。

河原.JPG

あの日、咲き乱れていたダイコンの花や菜の花、
白く積もっていた桜の花びらは影も形もない。
今は緑の匂いが満ち、川原は初夏の表情となっている。
それでも、「俺の木」は相変わらずにまっすぐに立ち、
多摩川はとうとうと流れ、ランナーが走り抜けていく。

変わるものと変わらないもの。
変わるものは、気持ちをなごませ、
変わらないものは、受けとめてくれる。

ベンチ.JPG

「見つめる鍋は煮えない」と誰かがいった。
今、そっと手放す時が来たのかもしれない。
しばらくの時を経て、再び見たとき、
それは僕の眼に、どう映りなおすのか。
posted by Kei at 06:56| 神奈川 雨| Comment(1) | TrackBack(10) | 徒然記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月30日

そして2年。

しかし、今回の見送りの後、寂しさはほとんど感じなかった。
離れてようが近かろうが、物理的な距離はあまり関係ないと思ったからだ。
それよりも、元同居人が中米で過ごす二年間について想像し、
そして僕が日本で過ごす二年間について考え続けた。
二年前、僕はヤツはどうだったのだろうか。
二年後、僕はヤツはどうなっているのだろうか。
ここ数年のヤツの移動生活は、
一つの時間の流れを僕に意識させる契機になっている。

「二年間、二年間」と思いながら電車に揺られているうちに、
僕はいつしか眠り込んでしまったらしい。
その間になにか嫌な夢でも見たのか、
上野駅について目覚めた時、ひどく重苦しい気分になっていて、
「二年間の一日目やで」と呟きながら、
アメ横界隈をやたらに早足で歩きまわった。
2006年6月29日「空港」。

あれから2年。奴が帰ってきた。

不定期的に海外へ出かける我が友は、
僕の変らない生活の中に、時の流れを持ち込んでくる。
送り出し、迎え入れるまでの間に、確かに刻まれた2年の時間。
こうしてまた、流れた時間を振り返る契機を得た。

ピンポーンといきなり玄関のチャイムが鳴って、
当たり前のように、奴はそこにいた。
すごく久しぶりなんだけども、何の感慨もわいては来ず、
昨日も会った友人に言葉をかけるように、「おう、入れや」と招き入れる。

それから、もう5日目。
今回は約二週間、僕の家に滞在する予定である。
向こうがどう思っているかは知らないが、
僕にとっては、奴がそこにいることへの違和感はなく、
距離を測りなおすこともなく、するりと僕の日常に入ってきたなと思う。

許される時間の範囲内で、飯を食い、茶を飲んだり酒を飲んだり。
僕の知らない世界の断片を聞きながら、外の世界への好奇心に火がつく。
開発途上国の教育問題、貧困問題、それに対する援助のあり方について。
開発と、現地の伝統や文化を守ることについて。

開発や発展とは、「近代化を追いかける」ということを意味するのだろうけど、
先に近代化した国々が背負ってしまった課題のことを考えてしまう。
「負の副産物」をうまく避けながら近代化を図ることはできないか、
そんなことを思っていたけれど、現地は、そんな簡単な状況ではなさそうである。

いろいろ聞いていて、開発援助の問題は構造的に教育問題に似ていると思う。
教師−生徒」関係と「援助国−被援助国」の関係。
「学びへの動機づけ」と「発展への動機づけ」。
開発援助の最重要課題が、「人を育てること」に尽きるからかもしれないが。

ほとんど変わらぬ彼の顔を見て、
ずいぶんと変わった彼の将来ビジョンの話を聞きながら、
そして僕はどうだ。
この2年間を、どう過ごしたのだと自問する。

一見すると、あいも変わらない生活スタイル。
いる場所も、やっていることも、何も変わっていやしない。
見てくれも、ほとんど変わっていないだろう。
でも、僕の中ではずいぶんと大きな変化があったなあと思う。

なんといっても、
2年前とは比べ物にならないぐらいに、研究に対しての覚悟が決まった。
ものを書くこと、読み取ること、思考すること、
それらに対して、正面から、うまく距離を取りながら向き合えるようになった。
筆は異常なほどに遅いけれど、
自分の中に書きたいことが蓄積されているのを感じているし、
その取り出し方も分かってきている。少しずつとはいえ。

友人は、「お前は研究を続けたら良いと思う」という。
将来、研究の道をかけ進むのか、そうではないのか、
それはまだ分からないけれど、
少なくとも今の居場所と、やっていることへの確信はある。
この2年間で得たものを総括するなら、
「今はこれで良いんだ」という自分への肯定といえるかもしれない。

土産。.JPG


写真お土産
ホンジュラス代表のサッカーユニフォーム、
バナナチップス、民芸品の木のたまご。
チップスは甘いと思っていたのだけれど、まったく甘くない。
バナナの種類が、ずいぶんとたくさんあるのだとのこと。
posted by Kei at 11:05| 神奈川 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月25日

≪ココの肖像≫。

母から届いた小包の中に、
一枚の絵葉書を発見。

ココ.JPG

題して、≪ココの肖像≫。
画家ピエール=オーギュスト・ルノアールが、
自分の息子を描いた作品である。

添えられていた手紙には、以下の説明。

「金髪じゃなかったら、
かつてのアンタに似ていると思ったので買いました」

当人である僕には判断が付かないけれど、
少なくとも、母の記憶にある幼き僕の姿は、
こんなおとなしげな印象なんだなあ。
posted by Kei at 08:05| 神奈川 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月24日

家族電話。

昨日は姉の誕生日だった。30歳。
ということで、僕ももう来年で30歳。
ああ、そんな年齢なんだなあと、とりあえずは思ってみる。
でも、その重さは良く分からない。
年齢なんてただの数字で、それは何も意味しないとどこかで思っている。

姉は医師として、バリバリという音が聞こえそうなぐらいに働いている。
最近、わりと頻繁に電話してきては、嵐のように話す姉。
昨日は珍しくこちらから、
「誕生日おめでとう」をいうために電話したのだけれど、
僕がその言葉をやっと届けたのは、
電話をかけてから、実に5分は過ぎていたと思う。
あいかわらず、よく喋る姉であった。

昨日も、普段も、姉は電話の切り際に、
「ほな、あんたも頑張りや」とサラリと言うのだけれど、
その短いフレーズが、いつも、ずしりと重い。
めちゃくちゃ頑張っている奴からの「頑張れ」は重い。

昨日は弟からの電話もあった。
明日から試合で上京してくるらしい。
弟は、スポーツ選手として、なかなかに厳しい環境の中で、
なんとか踏ん張って結果を積み重ねている。
そんな弟が、先日、車を買った。そして、わざわざ電話をくれた。
「お兄ちゃんが大変な暮らしをしている中で、
僕がこんな買い物をして申し訳ないなあと思っているんやけど・・・」

ざっくりした性格の弟なのだけれど、
僕の暮らしぶりを気にして、微妙に気を使ってくれているようだ。
前にあった時も、
「この前、けっこう良いソファーを買ったんだけど、
お兄ちゃんにいうのは悪いなあと思って言えんかったわー」と言っていた。
結局、隠しているようで隠していないのが弟らしさ。
ま、そこは愛嬌である。
「お前が働いたお金で、好きなものを買っているんだから良いやんか」
と、兄らしく、一応は分かったようなことを言っておく。
本当は、デカい買い物で、度肝を抜かれたのだけれど。

ついでに、昨日は母からも電話があった。
米と野菜に加えて、仕送りも送ってくれたらしい。
先日、「あんた、ひもじい暮らしをしてないか?仕送り、増やすから言いや」
という電話があったのだ。
先月、「出入り」の「出」が予想外に激しかったため、
今月はなかなかに苦しい生活となっていた。
でも、そのそぶりは一切見せていないつもりだったのだけどな。
どこでどう感じ取ったのだろうか。

やたらに家族と電話で話す一日。
でも、ここに祖母からの電話がないことが寂しい。
良く電話をくれた祖母は、2年半ほど前に亡くなってしまったのだ。

祖母は本当によく電話をくれた。
携帯電話が理解できないらしく、いつも「今は家かー」と言っていた。
そして、電話のたびに、大学卒業しても、一向に帰ってこない僕に、
「いつ卒業するんや?」と尋ねてきた。

祖母を心配させたくなかった僕は、
いつもいつも、「あと一年やで。もうすぐや」と繰り返していた。
この僕の嘘を、祖母は分かっていただろうか。
修士課程が終わっても、やはり帰ってこない僕に、
あいかわらず、「いつ卒業するんや?」と聞き続けてきた。

それでも祖母は、僕が書いた修士論文をずいぶんと喜び、
全く意味が分からないだろうそれを、
1日をかけて半分ほど読んで、そして高熱を出したらしい。
どんな思いで読んでいたのだろう。

せっかくだから、父の話も書いておこう。
父との最近の電話は、土曜日。
ちょこっと話しただけだったけれど、相変らずにマジメだった。

母から聞いたのか、仕送りの話になり、
僕が、「ちょっとバイトでも・・・」的なことを口にしたところ、
「そんなことやめなさい。今やるべきことをすればいい。
必要な分だけいえば、仕送りは増やすから」
と、あっさり一蹴されてしまった。
ありがたいんだけれど、重くもあるのだ。
でも父は、
「親の脛を齧り切りなさい。覚悟して甘えなさい」といつも言う。

頑固で理想主義者の父との会話では、世間話や冗談はほとんどない。
なにかとめんどくさいので、基本的に喋らないんだけれども、
何かがあると、やはりいつも、
父とガツンと話をするところに落ち着く。
できれば登りたくない最後の砦という感じだろうか。
posted by Kei at 06:54| 神奈川 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月23日

祭り。

江戸三大祭の一つである山王祭。
徳川三代将軍家光以来の伝統をもつらしいこのお祭りに、
今年も参加させてもらった

お神輿..jpg

とある町内会が出しているお神輿の担ぎ手。
本当は、雑用係を経ていないと担がせてはもらえないらしいのだけれど、
お客さんということで特別に担がせていただく。

前回は初めての経験で、もみくちゃにされた。
その感想を、僕は次のように残している。

++++

一つのお神輿につき、5,60人ぐらいだろうか。
とにかく重く、大勢で入れ替わり立ち代り担いでいくのだ。
誰ともなくあがる掛け声に合わせて、上下に揺れるお神輿。
このリズムにすぐには慣れず、
はじめは神輿がガンガンと肩にぶつかった。
それはまるで、丸太で肩を殴られているような痛みなのである。
(帰宅してみると、肩は腫れ上がり、皮が剥けたりしていた)

でも、周りを観察していると、
神輿を担ぐコツ、からだの動かし方が次第に分かってくる。
神輿にからだを密着すること。
僕が揺らすというより、その揺れに身を任せるような担ぎ方。
そして、その時の足の位置や独特のリズムに合わせること。

それらをうまく掴めた時には、神輿の重さが消えたように感じ、
神輿や他の担ぎ手との一体感が生じ、そこに快感を覚えるのだった。
ただし、ふとした瞬間にリズムを取り違えると、
快感から一転、またもガンガンと殴られ、
たまらない痛みに顔をしかめることになった。ほんまに痛い。

2006.6.16「粋」より

++++


今年はこの経験を生かし、
とにかくお神輿に密着することを心がける。
“とんぼ”と呼ばれる(たぶん・・・聞き覚え;)お神輿の棒に手を回し、
グッと体に引きつけて、その揺れを感じて合わせて行く。

しっかり密着している時は調子が良い。
腰で、膝で、うまく重さを受け流すことができる。
でも、少しでも隙間が開いてしまうと、その棒が今度は凶器になる。
僕の肩にガンガンと打ち下ろされるのだ。

今回は、足の動きもずいぶんと観察をした。
前後の担ぎ手と密着し、足場も狭い中での足さばき。
僕の見た限りでのベストな動きは、出来るかぎりのガニマタで、
足の裏を完全に地面には付けきらず、
膝と腰(というか全身)をリズム良く上下に揺らしながら歩くこと。
(正確には、お神輿の揺れに乗りながら、)

それは、仁侠映画に登場するヤクザ屋さんが、
ポケットに手を入れて、肩を思いっきり前後に揺すりながら、
ガニマタでわっしわっしと歩く様に良く似ていると思われる。
あの動きは、自分を大きく見せようとか、
そういう威嚇的な行為なのかなと思っていたけれども、
そうではなくて、
お神輿を担ぐための身体運用にルーツがあったのかもしれない。

今回、もう一つ気づいたことは、合いの手のこと。
担ぎ手だけではなく、お神輿の周りを歩く人たちも、
お神輿の揺れにあわせて、大きな声で掛け声を掛け合う。
どちらが表で裏なのか分からないけど、
ともかく、僕が「おいさ」と叫べば、
どこかから誰かが、「よいさ」と返してくれるのだ。

当たり前といえば当たり前だけど、
この間がとても重要だと思ったのである。
例えるならば、お餅を臼でつくの時の、
つき手と、餅をひっくり返す返し手の、あの呼吸。
この呼吸がずれると、
あわや大惨事になりかねない餅つきのように、
お神輿の時も、
合いの手の呼応が、かなり重要な役割を果たしている。

ときたま、こちらが「おいさ」といった後に、
その「返事」が返ってこないときがあったのだけれども、
まさに肩透かしを食らったような、
ガクッとリズムが悪くなる感覚があった。
それだけではなく、
返ってくると信じていたものが帰ってこない寂しさもあった。
逆にいえば、合いの手を交わすことを通して、
僕らの間には、目に見えない信頼関係が築かれていたということだろう。

お神輿を担ぐことは、
「一体感」ではなく「一体」を目指すコミュニケーションだと思う。
身体感覚を敏感にして、
お神輿や他の担ぎ手の揺れ、周りの人々の合いの手の呼吸を感じる作業。
そして今度は、自らの身体を、そのリズムに同調させていく作業。
この2つの作業が往復される中で、コミュニケーションが成立していく。
そうした時、
担ぎ手の揺れとお神輿の揺れが一致し、お神輿の重さは消え、
お神輿を中心とした「一つの身体」が生み出されるような気がする。

こういう経験をすることが、一年か二年に一度のことであっても、
その地域における結束力や、同志意識を生んだのだろうなあと、
そもそものお祭りの、民俗学的な意味について考える。
他にも、通過儀礼の場としての役割りや、「悪しきこと」を浄化する目的、
それに加えて、
身体感覚を研ぎ澄ますトレーニングの場でもあったのだろうとも思う。

日本の伝統文化は、「人を育てる工夫に満ちた装置」である。
前からそう思っていたけれど、
この命題を、改めて体験することができた貴重な時間であった。
posted by Kei at 00:04| 神奈川 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月19日

羊串な夜。

久々に、本格的な中華料理を食べる機会に恵まれた。
「本格的な中華」とはいえ、行ったお店は、
中国の東北地方の、朝鮮族の料理を出すお店。
連れて行ってくれた友人が、朝鮮族だったのである。

ということで、お酒はマッコリ。
大きな鉢に並々と登場し、それぞれの器にとりわけながら飲む。
どこか甘酒に似た、こってりとした風味のマッコリ。
甘みがあって、後口が軽いため、どんどん飲んでしまう。
でも、アルコール度数は強いはずで、
以前、韓国に旅したとき、僕はずいぶんとこれで酔っ払ったのだ。

いただいた料理の中では、羊串が圧巻だった。

羊串1.jpg 羊串2.jpg


以前にも何度か食べたことがあるのだけれど、
自分で焼くのは初めて。こういうのは問答無用で楽しいな。
脂が適度にしたたり落ちて、しつこさがなくなっていく。
焼き終えたあとは、皿で混ぜ合わせたさまざまな香辛料をつけて。

今まで僕が羊串を食べた時、一人、一本や二本の計算で注文していた。
だけれども、今回は、4人で一気に30本。どかんと串が積まれた。
その頼み方に驚いていると、
朝鮮族の間では、羊串は主食みたいになっているよと友人。
「それは濃いなあ」と思ったのだけれど、
でも、確かにどんどん食べられて、あっという間になくなってしまった。
今まで食べた中で一番美味しかったように思う。

その他にも、キュウリと木耳の冷菜、
豚の腸にもち米を詰めて作ったスンデ(店からのサービス、謝謝)、
それに冷麺をいただく。

冷麺は北朝鮮系の冷麺だとのこと。
北朝鮮の冷麺が一番美味しいのだそうだ。
何が違うのかというと、それは麺。
とても細い麺なのだけれど、噛み切れないほどの弾力で、
ハサミを使うこともあるよと友人。
味付けは辛いけれど甘みがあって、めちゃくちゃ僕好みの味であった。

僕を含めて、集まった四人は研究者(の卵)なのだけれど、
それぞれの関心がずいぶんと重なっている。
人と人のコミュニケーションについて、あるいは医療と教育について、
はたまた医療の原点にあるシャーマニズムを巡って、
おおいに飲み、食べながら、ずいぶんとディープな話となった。満腹。
posted by Kei at 15:20| 神奈川 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月18日

被-放心。

先日、とある先生と話をする機会があった。
その先生の著書はいろいろと読み、関心が重なる部分が多かったので、
突然に訪れたその機会に、喋りたいことがありすぎて、
とりあえずアワアワとしてしまった。

それでも途中で体勢を立て直し、なんとか研究話を語ってみる。
始めの数分間は、対話が成立している手応えがあり、
おお、通じているぞと思っていたのだが、
ある瞬間から、その手応えが消えてしまった。

なにか状況が変わったわけではない。
失言をしたわけでもない(と思う)。
ただ、なんとなく、その先生の関心が急速に失われ、
「そこにいるけれどもいない」的状態に入ってしまわれたのだ。

その雰囲気をビシバシと感じ取った僕は、
適当に話を切り上げて、さっさと退散をした。
それから幾日。
その先生の本を読んでいて、こんな記述を目にした。

「僕は人の話を聞かないんですよ。
話を聞いているうちに、すぐに無意識的にスイッチがオフに入ってしまう。
ふんふんとうなずいているんですけれど、聞いていない。
…僕も娘からしょっちゅう言われましたよ…その前は聞いていたのですよ。
なにかきっかけがあって、そこからは放心しちゃって聞いていない。
その聞くのを止めた瞬間が女の子はわかるのですね。男はわからない」

ふーむ、なるほどそういう事か。
でも、僕を前にした時の「きっかけ」ってなんだろう。
そのトリガーが、僕の研究話にあったのかどうか。
興味はあるけど、それはさておき、先生あのね。
「聞くのを止めた瞬間」、それ、僕にも分かりましたよ。
僕、男の子ですが。
(ただし「感性が女性」とよく言われる・・・)
posted by Kei at 06:30| 神奈川 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月16日

フラミンゴの味。

とある珈琲店にて。
なんだこれは!の、驚きラインナップ。

muse.jpg

その名も、“muse”シリーズ。
いったいどんな珈琲が出てくるのだろう。

最もお値段がはるのは、
一杯3000円の“フレミングコーヒー”。
「一本足のフラミンゴのように美しく・・・」
なんて、もう、どんな味なんだっつー話。

とはいえ僕は、残念ながら珈琲が飲めない(懐も寒い)。
スパイスがほどよく効いた、マサラミルクティーなるものに、
ハチミツを加えていただく。いと美味し。

ちなみに、お店はここ↓
http://www.burg-kaffee.com/pappelburg/index.html
フレミングを味わった方は、どうぞご一報を。
posted by Kei at 23:32| 神奈川 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

粋徳利。

とある蕎麦屋にて。
いただいた日本酒が入っていた徳利。

tori..jpg

「なんで“酉”なんですか?」
と聞いたら、こんなお返事。

「注ぎ口からお酒がつつーっと流れていって、
“さんずい“を補うんだと思います」

なるほど。
“酉”に“さんずい”で“酒”。
そうかそうか。
粋な徳利じゃあないですか。
posted by Kei at 23:10| 神奈川 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月13日

いいのか!?

同志にエールを送ってから8時間。
筆が(というか指が)ツルツルと滑った。

その境地は、没入というより、
誰か別の人が書いているのをみているような変な感じ。
アカデミック・ハイのような我を忘れた興奮状態ではなく、
なんだこれは?と何度か立ち止まりながら、
妙な冷静さの中で、
考えてもいなかったようなことが、するすると。

そして今、論文がだいたい出来てしまった・・・・。
三年越しで構想し、この小さなテーマに絞ってから4ヶ月。
大枠は出来ていたけれど、
あと数週間はかかるかも知れないと思っていたのに・・・・。

いいのか?

なんだか、「やってやったぜ!」という達成感が湧いてこない。
「あれあれ?終わっちゃったんですけど」
そんな拍子抜けな感じである。
まあ、注の整理などは出来ていないから、
100%の完成ではないんだけれど。
ほんまにいいのか?

とりあえず、帰って寝てから読み直そう。
なにわともあれ、なんとも有意義な一晩であったなあ。
posted by Kei at 12:23| 神奈川 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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