昨日は姉の
誕生日だった。30歳。
ということで、僕ももう来年で30歳。
ああ、そんな年齢なんだなあと、とりあえずは思ってみる。
でも、その重さは良く分からない。
年齢なんてただの数字で、それは何も意味しないとどこかで思っている。
姉は
医師として、バリバリという音が聞こえそうなぐらいに働いている。
最近、わりと頻繁に電話してきては、嵐のように話す姉。
昨日は珍しくこちらから、
「誕生日おめでとう」をいうために電話したのだけれど、
僕がその言葉をやっと届けたのは、
電話をかけてから、実に5分は過ぎていたと思う。
あいかわらず、よく喋る姉であった。
昨日も、普段も、姉は電話の切り際に、
「ほな、あんたも頑張りや」とサラリと言うのだけれど、
その短いフレーズが、いつも、ずしりと重い。
めちゃくちゃ頑張っている奴からの「
頑張れ」は重い。
昨日は弟からの電話もあった。
明日から試合で
上京してくるらしい。
弟は、スポーツ選手として、なかなかに厳しい環境の中で、
なんとか踏ん張って結果を積み重ねている。
そんな弟が、先日、車を買った。そして、わざわざ電話をくれた。
「お兄ちゃんが大変な暮らしをしている中で、
僕がこんな買い物をして申し訳ないなあと思っているんやけど・・・」
ざっくりした性格の弟なのだけれど、
僕の暮らしぶりを気にして、微妙に気を使ってくれているようだ。
前にあった時も、
「この前、けっこう良い
ソファーを買ったんだけど、
お兄ちゃんにいうのは悪いなあと思って言えんかったわー」と言っていた。
結局、隠しているようで隠していないのが弟らしさ。
ま、そこは愛嬌である。
「お前が働いたお金で、好きなものを買っているんだから良いやんか」
と、兄らしく、一応は分かったようなことを言っておく。
本当は、デカい買い物で、度肝を抜かれたのだけれど。
ついでに、昨日は母からも電話があった。
米と
野菜に加えて、仕送りも送ってくれたらしい。
先日、「あんた、ひもじい暮らしをしてないか?仕送り、増やすから言いや」
という電話があったのだ。
先月、「出入り」の「出」が予想外に激しかったため、
今月はなかなかに苦しい生活となっていた。
でも、そのそぶりは一切見せていないつもりだったのだけどな。
どこでどう感じ取ったのだろうか。
やたらに家族と電話で話す一日。
でも、ここに祖母からの電話がないことが寂しい。
良く電話をくれた祖母は、2年半ほど前に亡くなってしまったのだ。
祖母は本当によく電話をくれた。
携帯電話が理解できないらしく、いつも「今は家かー」と言っていた。
そして、電話のたびに、
大学を
卒業しても、一向に帰ってこない僕に、
「いつ卒業するんや?」と尋ねてきた。
祖母を心配させたくなかった僕は、
いつもいつも、「あと一年やで。もうすぐや」と繰り返していた。
この僕の嘘を、祖母は分かっていただろうか。
修士課程が終わっても、やはり帰ってこない僕に、
あいかわらず、「いつ卒業するんや?」と聞き続けてきた。
それでも祖母は、僕が書いた修士論文をずいぶんと喜び、
全く意味が分からないだろうそれを、
1日をかけて半分ほど読んで、そして高熱を出したらしい。
どんな思いで読んでいたのだろう。
せっかくだから、父の話も書いておこう。
父との最近の電話は、土曜日。
ちょこっと話しただけだったけれど、相変らずにマジメだった。
母から聞いたのか、仕送りの話になり、
僕が、「ちょっと
バイトでも・・・」的なことを口にしたところ、
「そんなことやめなさい。今やるべきことをすればいい。
必要な分だけいえば、仕送りは増やすから」
と、あっさり一蹴されてしまった。
ありがたいんだけれど、重くもあるのだ。
でも父は、
「親の脛を齧り切りなさい。覚悟して甘えなさい」といつも言う。
頑固で理想主義者の父との会話では、世間話や冗談はほとんどない。
なにかとめんどくさいので、基本的に喋らないんだけれども、
何かがあると、やはりいつも、
父とガツンと話をするところに落ち着く。
できれば登りたくない最後の砦という感じだろうか。
posted by Kei at 06:54| 神奈川

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