ゼミが午前中で終わりだったので、
そのまま家に帰ってしまうのが、もったいなく感じた。
そこで、一緒にゼミを終えた友人と、
そのままブラブラと東京散歩。
目的地を決めず、足の向くまま気の向くまま。
気になる建物があれば確かめに、
公園があれば一休み、
歴史遺産があれば、書いてある説明をのんびりと。
街角のところどころに、
昔の江戸の区画地図があり、
地図にはその街に住んでいた人名があり、
歴史の流れの続きを生きているんだなとという事実を、
改めて思い起こさせられる。
今、池波正太郎の『剣客商売』シリーズを読んでいるので、
なおさら面白い。
そうだなあ、今はこんなに都会だけれど、
刀を持った侍や、駕籠に揺られた大名や、
町人や商人や、僕らのような学生(書生?)も、
その昔、この道を同じように歩いていたんだよな。
「下に〜下に〜」とか「べらんめえ」とか、言ったり言われたりして。
歴史的な遺産だけではなく、
さまざまなものが僕の好奇心をくすぐる。
あまりにキョロキョロし、いちいち指差して騒ぐので、
連れの友人はウザイと言った。
まあ、良いのだ。今日は誰にも気を使わないのだ。
そう決めていたから、無視してはしゃいだ。
都会のメインストリートには、
誰もが知っている有名な会社の本社ビルがあったり、
美味しそうな料理屋さんがあったり、
途切れることない刺激がある。
人々が行き交い、活気があり、喧騒に満ちて。
メインストリートから一本でも脇道に入ると、すっと空気が変わる。
錆びた遊具がひっそりと並んだ小さな公園。
古めかしい歯科医院の建物。今も開業しているのだろうか。
向かいの食堂の店頭では、オヤジさんがタバコをふかしている。
自転車ですら入れないだろう細い路地もある。

車での移動ではなく、徒歩だから気づく些細な街の顔。
僕は東京という街に、すぐに疲れてしまうので、
なかなか全面的な好意を抱けない。
でも、たまーに、こうやってゆっくり歩き回ると、
少しずつだけども、東京も悪くないなあと思う。
また歩いて見たいなと思う。
なかなか実行には移せないのだけれど。
今日の東京散歩の終着点は、
期せずして皇居になった。
内堀通りを激しくキョロキョロと歩いていると、
皇居の警備のお巡りさんに「何かお探しですか」と話しかけられた。
友人は怪しまれたと言うが、僕はただの親切だと思う。
「いやいや、目的なくブラブラとしてるんですよ」と告げると、
「今日は皇居に入れる日ですよ」と教えてくれた。
おまけに地図までくれた。
そういうことならと、皇居に向かう。
皇居の中に入るのは初体験だった。
皇居の中には、広い芝生があった。
空気はそれなりに冷たいものの、陽射しがとても暖かかったので、
僕らは芝生に寝転がってバカ話をして過ごした。
昨日は紀宮さんの結婚式ということで、
この辺りも混雑していたのかも知れないが、
今日は人影はまばら。
気持ちの良い青空の下で、
絵を描く人、写真を撮る人、楽しそうに話し込む人。
みなそれぞれの好きなように過ごしている。
皇居の警備に当たる皇宮警察の人も、
写生をしている人の絵を覗き込んで、和やかに話している。
うんうん。平和だ。

太陽が西に傾き、その陽射しも弱まりつつあり、
そろそろ行かなきゃなあと、後ろ髪を引かれていたとき、
僕らの後ろで同じように横になっていた老夫婦が立ち上がった。
僕の知る限りでは、ほとんど何も話さずにいた二人だったけれど、
お互いの背中についた芝を笑いながら払い合って、ゆっくり歩み去っていた。
その姿があまりに自然で、ほのぼのとしていて、
ああ、これが言葉のいらない関係なのだなと思った。

ええかげん良い年齢になってきた大学院生。
研究せねば、社会に出ねば、経済的に自立せねばせねばと、
まるで、肉切り包丁を持ったオッサンに追われているような、
なんともいえない焦りの日々を過ごしがち。
そんな中で、
今日のような目的も損得も意味すらも考えない時間の過ごし方は、
えらく心身をほぐしてくれる。
こんな時間が、ときどき必要なんであるよ。
はてさて、次はどの街を歩こうか。


